2015年4月8日水曜日

皮に立てる爪 〜きまぐれオレンジロード〜

前述のように、このところ、早朝にパチッと目覚める体質になった。
今朝は6時台(最近にしては遅い方)に目覚めて、布団の中でゴロゴロしながら、山頂の霧のように頭の周りを漂う空想を掴んでみた。
それをそのまま文字型に固めて記事にしようと思う。
(大体いつもそんな感じなのですが)

昨夜、台所に水を汲みに行ったところ、甘夏の香りが漂ってきた。
親戚から送られてきたもののようだ。

今朝、ベッドサイド・寝起き雲にその甘夏が香りごと立ち上ってきて、色々と思い出したりした。
私は、柑橘類ではミカン以外にはあまり手を出さないのだが、それは単に「面倒だから」である。ミカンであれば、「食べたい」と「食べる」の間に隔たりがほとんどなく、思った時にパッとむいてポイッと口に入れられる。
それに比べて、もっと大物〜はっさくや甘夏、オレンジ等〜の柑橘系くだものは、まずあの硬くて厚い皮に爪を立てるのに躊躇してしまうのだ。
もちろん、うちにも「皮むき器 ムッキーちゃん」(←正式名称)はあるのだが、その「皮をむく」こと自体に「よし」と少し気合いが要るのだ。

ところが、うちの両親は少し違う。

父も季節になると、何かしらオレンジ色の大きなくだものを買ってきてはせっせと(ムッキーちゃんを使わず指で)むいて食べているし、母に至っては、中の 房の皮までむいている。(こちらはムッキーちゃんも使って)

特に母は、自分がすぐに食べるためではなく、家族のためにせっせとむくのが、子供の頃は理解できなかった。
大体は、むかれたものはタッパーなどに入れられて、好きな時に食べられるようにしてくれているのだが、ひどい時には母がむいていく側から父や私や姉がパクパク食べていく、なんてこともあった。

あまりのことに、何度か聞いたことがある。

「こんなさあ、むいた側から食べられちゃってムカつかない?」と(食べながら)。
母は決まって「ムカつかないわよ。だって食べてもらう為にむいてるんだから。」と言う。

私はまだ、そこまでの境地には至っていないが、最近ではその気持ちが少しわかるようになってきた。自分のためじゃなくて、誰かに食べてもらうためにむく気持ち。
多分、自分で食べるよりも丁寧にむくんだろうな。

いつか、爪を立てるのに躊躇がなくなった時に、母に近づけるのだと思う。


※動画と記事タイトルは、本文とは特に関係ありません。
同じスタジオぴえろでも、クリィミーマミと違って見てなかったし...。
きまぐれオレンジロード 「もぎたての恋」



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